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「たった一つ、それだけで」

 朝、わたしはいつも教室に一番乗りだ。

 普段はたくさんの同級生の声が満ちる教室が、嘘のように静まり返るこの瞬間が好きだから。

 本来果たさないといけない使命を忘れてだんまりを決め込むなんて、とても非現実的で嘘のよう。時が経てばシャボン玉のように消えてしまうところも虚構めいている。

 不合理で、儚い。それはきっと、形容すると『神秘的』って言うんだろう。

 誰もいない教室を歩き、自分の席につく。窓際、前から三番目。

 かばんから教科書や筆記用具を取り出して授業の準備が終わると、さらにもう一冊本を出した。

 

「……ふふ」

 

 わたしは、物語を体験することがとても好きだ。

 空想の世界は現実に存在しないものを許容して、そこで起きる物語はとても幻想的で現実とかけ離れているから。

 何もない現実からわたしを切り離し、夢の国へと誘ってくれる物語が好き。

 

 しおりを入れていたページから読み始め、本の世界に没頭する。

 他の人たちが登校してきても気付かずに。チャイムが鳴るまで、ずっと。ずっと。

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 教室ではいつも一人。

 一緒にお弁当を食べる友達も、休み時間に話す相手も、宿題を見せ合う共犯者も、わたしには一人もいない。

 教室の喧騒はどこか遠くでやっているお祭りのよう。わたしにとってこの場所は、なんとなくふわふわしていて現実味を感じられない。

 現実味のない世界では、時間は速く進むらしい。本を読む時間も削られ苦痛であるはずの日中は、いつも知らない間に終わってしまう。

 気付けば帰りのホームルームも終わり、長いようで短かった一日が終わりを告げた。

 ……ううん。違う。ようやく、わたしにとっての一日が始まる。

 文芸部――そこが、この学校でたった一つの現実だ。

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 カタカタと、楽しそうにキーボードを叩く音がする。

 無言で、けれどほんの少しだけ笑顔で。一人の男の子が、悪魔に憑りつかれたかのようにパソコンの画面に釘付けになっている。

 はたから見ればすごく危ない人だけど、わたしは彼が今世界で最も凄いことをしているのを知っている。

 

 門倉良太くん。小説家(志望)。

 実はクラスメイトだけど、教室で話すことは全くない。この文芸部でしか関わることのない男の子。

 彼は今、物語を書いている。

 世界を作って、人を生み出し、その歴史を紡ぐ。

 何もないところから、人を幸せにする夢を編んでいた。

 

「ふふ……」

 

 わたしはそんな彼の横顔を見るのがとても好きだ。

 

「……楽しみ」

 

 聞こえないように、小さくつぶやく。

 

 

「ん? なんか言ったか、弓川」

「あ、ごめんね……! 邪魔しちゃった……?」

「いや、別にいい。ひと段落したし」

「ひと段落……あ、もしかして……リヴェンジテイル書き終わったのっ?」

 

 リヴェンジテイル……正式には『想連のReVenge tale』という作品で、形としては異世界転移物の体を取ってはいる……けど、よく言われるような主人公最強系とは少し違う。王道は王道だけど、主人公はすぐ負けちゃうし、すぐ絶望します。

 この作品はとても素晴らしいです。

 どこが素晴らしいかというと、まず何よりも上げるべきは熱量だ。彼の作品は全て、読む人の心を掴み、揺さぶり、決壊させてしまうような爆発力がある。登場人物の悲惨な過去や境遇が明かされたときは悲しみに涙を流し、その設定と描写が真摯で強烈だからこそ報われたときの感動は嵐のように心を湧かせてくれ、感情の高ぶりで涙が勝手に流れてしまう。そしてラストバトルや因縁の戦い、意地のぶつかり合いや信念に絶対に負けられない戦いもとにかくバトルの盛り上げ方もすごく上手なんだよねっ。ヒロインのために戦うが軸にあるのもそうだけど、きちんと主人公である宗介くんの信念を貫く形になっているのがやっぱりいいなあって思う。そして彼の『目の前で泣いている人間がいれば助けなければならない』っていう、一見正しいけれどどこか歪んでいる信念を描いて、さらにはその道がどれだけ苦難の道なのかを妥協抜きで書いてしまうその真っすぐさもすごくいい。彼の能力が『みんなの想いを集めて自分の力に変える』だから、最終決戦では絶望を乗り越えてみんなから認められてるっていう構図になるのもすごいと思う。あの設定は本当に上手だなあって思うし、今後もあの設定がどう使われていくのかすごく気にな――――

 

「今日書いてたのはリヴェじゃねえ。新作の方だ」

 

 彼方へと飛びかけていたわたしの思考を、門倉くんが引き戻してくれた。

 いや、それよりも……

 

「新作っ? 読みたいっ。早く見せて……!」

「まだ完成してねえ。書き終わったら読んでくれよ」

「うーん。じゃあ、今すぐ書こ……?」

「さっきキリいいところまで行ったから休憩してんだよ」

「続けて書き続けてよ……限界まで脳を使ってほしい……」

「俺の脳みそを焼き切りてえのか」

 

 

 だって待てないもん……

 

「んなことより、だ。俺はもうリヴェの最新話の更新だけして帰るつもりだけど、おまえはどうする? まだ残るか?」

「更新っ? あ、そっか。今日金曜日……」

「おう」

「じゃあ、わたしも一緒に帰ろっかな……途中で感想も言いたいし……」

「そうか! なら待ってろ」

 

 わたしがそう言うと、門倉くんはとても嬉しそうに作業に取り掛かった。

 

「今回のはだいぶ自信作だぜ。なんつったってそろそろ物語が動くからな」

「ふふっ。楽しみにしてるね……っ」

「おう。覚悟しとけ」

 

 それから数分待っていると、「できたぞ」と声がかかった。

 門倉くんの小説のページを開いてずっと待機していたわたしは、すぐにページを更新して最新話のリンクへ飛んだ。

 

「来た……!」

 

 それから十分ほどかけて、最新話を読みふける。

『想連のReVenge tale』――その第五章『悲しみの赤い衣』編もおそらく中盤を超えてそろそろ物語が加速するころだと思う。

 これまでも十二分に面白かったけど、門倉くんの作品において後半の面白さは群を抜いている。ここから名シーン、名バトルが連続するだろうことは想像に難くない。

 さて、今回の話は――――

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 門倉くんはよくわたしを文学少女と呼ぶけれど、わたしの趣味はそんなに行儀のいいものではないと思う。

 わたしが好きなのは物語であって本ではない。加えて、芸術よりもエンタメに触れている方が心が躍る。

 静かで心地のいい雰囲気の作品も当然好きだけど、爆発するような熱量と嫌というほど感情を揺さぶるドラマがふんだんに盛り込まれた作品の方が好きだ。お祭り騒ぎみたいなアクションとか、外連味たっぷりの伝奇バトルとかがとても大好物……!

 

 そんなわたしの好みから考えると、門倉くんの作品は――

 

「すごい……! すごいっ。すごいよ、門倉くん……っ! これ、すっごく面白いっ!」

「だろ? そうだろそうだろ。超おもしれーだろ。今回自信あったんだよなぁ」

「すごいよっ、これ。アイラちゃんの設定、どうやって思いついたのっ?」

「あれか? 『蓄積した悲しみに応じて火力が上がるが、涙を流すとその力を失う』ってやつか?」

「そうそうっ。『悲炎の衣』すごく好き……っ」

「だよな。あれさ、まずアイラの名前がアイラ・シェーグレンツって言うだろ?」

「うんっ」

「その名前から思いついた」

「あ……もしかして、シェーグレン症候群から?」

「そうそう。なんかネット検索してたら出てきたから、気になって軽く概要読んだらなんか思いついた」

「す、すごいね……っ」

 

 補足しておくと、アイラ・シェーグレンツとは『想連のReVenge tale 第五章 -悲しみの赤い衣-』編に登場する敵キャラクターで、終始主人公である逢城想介くんたちを敵視してくる。国を陥れた大罪人、魔女として忌み嫌われていたんだけど……過去編で、それが全部黒幕の罠だったことがわかる。彼女は国を守るために孤独のまま悲しみを抱え続けて、たった一人で国を丸ごと敵に回す覚悟だった。

 そのキーになる設定が『悲炎の衣』っていう彼女の魔法。その能力は『蓄積した悲しみに応じて火力が上がる。ただし涙を流すと蓄積し続けた力を失う』というものだった。

 これが明かされた瞬間、アイラちゃんは『倒すべき敵』から『救うべきヒロイン』にひっくり返ってしまったというわけなのです。

 しかもそれを、それを……決戦前に想介くんが知ってしまった……

 終わりだよ、こんなの……

 やっぱり門倉くんの作品とはとってもすごい。早く続きが読みたい……

……あ、そうだ。

 

「か、門倉くん……っ」

「あ? どうしたよ」

「……ストックって、どれくらい残ってるの……?」

「リヴェのか? 数えてねえけど結構あるぞ」

 

 瞬間、頭の中で閃いた。続きが読みたい。そしてきっと、次の話も相当面白いと思うし、その次の話が読みたくなるであろうことも想像に難くない。

 

「……? なんだよ。まだなんかあんのか?」

「うん。えっと……その、ね……」

 

 二年近く一緒にいる門倉くんが相手でも、やっぱり緊張すると言葉が詰まってしまう。

 

「あの……次の話、読みたいなあって……」

 

 つまりは連続投稿だ。

 門倉くんには負担をかけてしまうかもしれないけど、けど……言うだけは言ってみよう。

 

「いや、それは――」

「それでできれば、その次の話も……」

「……あのな」

「だめ、かな……。あの引きで止めるのは卑怯……だと思う……」

「…………、」

 

 あ、迷ってる……!

 これは、少し押せば更新してくれるかもしれない……っ!

​と

ヘリオス・ヴェール

ヘリオス・ヴェール

​あいじょうそうすけ

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「えっと、ね……まだストックが残ってるわけだし、その……今日三話更新しても、なにも問題ないと思うんだよね……。門倉くんって速筆だし、一週間で二話三話書けたりもするって言ってたし……」

「まあそうだが」

「来週からはちゃんと一話ずつ更新するなら、大丈夫なんじゃない……かな?」

「……たしかにそうだな」

 

 思っていた以上にスムーズに話が進む。なんだか逆に不穏だ……

 

「ただな、弓川」

「なに……?」

「その論理で三話更新した次の週に、また三話更新させられなかったことが一度もねえんだよな」

「うっ……」

「これまではストックが十話くらいあったから二週連続で三話投稿しても問題なかったが、今回はまずい。ちょっとカツカツかもしれん」

「そんな……」

 

 あんなところで止めておいて、それはどうかと思う。

 でも、門倉くんの言い分も理解はできる。一週間に一度更新する、を自分に課している以上、無理をするわけにもいかないから。無理にノルマを達成しようとしてクオリティが落ちたり体調を崩されたりすればそれこそ大変だ。

 

「じゃあ、その……今回は我慢するから……! 来週からは一話で我慢するよっ。今週だけ、今週だけだから……!」

「……っ。ならいいぜ。投稿するわっ!」

「やった!」

 

 思わず弾んだ声が出てしまった。

 少し恥ずかしい。顔が熱くなる。

 

「よし、んじゃあ待ってろ。次も、次の次も、まじでおもろいぞっ!」

 

 これがわたしの日常。わたしの現実。

 

 たった一つ、それだけでわたしの人生はあざやかに彩られる。